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福岡高等裁判所 昭和46年(ネ)268号 判決 1973年10月25日

主文

原判決を次のとおり変更する。

福岡地方裁判所昭和四三年(ケ)第一九四号、同第一九五号(同第二八六号記録添付)不動産競売併合事件について同裁判所が作成した配当表のうち一審被告に対する配当を取り消す。

一審被告の控訴を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも一審被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  一審原告(第二六八号事件控訴人、第二七六号事件被控訴人以下単に一審原告という。)ら主文同旨。

二  一審被告(第二六八号事件被控訴人、第二七六号事件控訴人。以下単に一審被告という。)

原判決中一審被告の敗訴部分を取り消す。

一審原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも一審原告らの負担とする。

一審原告らの控訴を棄却する。

第二  当事者双方の事実上の主張および証拠

次に付加するほかは、原判決事実摘示のとおり(ただし、原判決末葉の「物件目録」とあるのを「物件目録(二)」と訂正する。)であるから、これを引用する。

一  一審原告ら

1  一審被告の表見代理人の主張は否認する。一審被告としては、訴外安河内克己は頭金も十分に支払わず、代金の支払も怠る人物であるから、その人物に疑問をもち、直ちにその人物の調査をするのは勿論、一審原告らに対し直接連帯保証および根抵当権設定の意思があるかどうかを確認すべきであつたのに、一審原告らの署名も一審被告において代書するなどして、これをせず漫然と安河内克己に代理権があると信じたものであるから、一審被告には代理権ありと信ずるにつき正当な理由がない。

2  かりに、本件根抵当権設定および継続的自動車売買等商取引契約が有効であるとしても、右契約日である昭和四二年六月三日以降一審被告と安河内克己との間に自動車の売買がなされた事実はなく、したがつてその代金債務が発生する理由がないから、一審原告らが根抵当権の実行を受け、連帯保証責任を追求されるいわれもない。右同日以前には一審被告と安河内克己および同人経営の有限会社第一車輌販売との間に自動車の取引があつたらしいが、一審被告は右同日以前の右取引債権回収のためあたかも同日以後に右債権が発生したかの如く装つて根抵当権を実行したり連帯保証責任を追求したりしているものである。

二  証拠(省略)

理由

一  福岡地方裁判所昭和四三年(ケ)第一九四号、同第一九五号(同第二八六号記録添付)不動産競売併合事件の配当期日に、一審被告に対し金八六四万三、五九三円を配当する旨の配当表が作成され、これに対し競売物件の所有者でかつ連帯保証債務者である一審原告らが配当期日に右配当表中一審被告に対する配当に異議を申立てたが、一審被告がこれを正当と認めなかつたことは、当事者間に争いがない。

二  当裁判所も、一審被告の本案前の抗弁を理由がないものと判断するが、その理由は原判決理由一、二説示のとおりであるから、これを引用する。

三、(一) そこで、一審原告の本案請求について判断することとするが、成立に争いのない甲第四、五、六号証によれば、本件配当表に、一審被告に対し、抵当権者としての金二、五二九万八、一三六円の配当要求に原判決別紙物件目録(一)記載の不動産の売却代金から金八一〇万六、九〇六円を、売掛代金八〇万円の仮差押債権者としての配当要求に原判決別紙物件目録(二)記載の不動産の売却代金から金五三万六、六八七円を配当することとされていることを認めることができる。

(二) そして、一審被告は、一審被告が安河内克己との間に昭和四三年六月三日継続的自動車取引契約を締結し、右契約に基く取引によつて生じた安河内克己の負担する現在および将来の債務のため、一審原告らが、その所有する原判決別紙物件目録(一)記載の不動産について元本極度額金三、〇〇〇万円の根抵当権を設定し、かつ、極度額金三、〇〇〇万円の連帯根保証をし、その後一審被告は右契約に基いて安河内克己に代金二、五二九万八、一三六円の自動車を売り渡したが、本件配当要求抵当債権は右自動車販売代金債権であり、本件配当要求仮差押債権は右自動車販売代金連帯保証債権中金八〇万円をもつて一審原告らの所有する原判決別紙目録(二)記載の不動産を仮差押したものである旨主張し、一審原告らは、右根抵当権設定および連帯根保証の事実ならびに一審被告が安河内克己に対し右契約に基いて自動車を売り渡した事実を否認するので検討する。

一審原告らの印影が一審原告らの印章によるものであることについて争いのない乙第一号証、第一六号証の八、九、第二〇号証の七、九の存在、成立に争いのない甲第一、三、八ないし一一号証、乙第一六号証の四、五、第一七号証の一、二、第一八号証の一ないし三、第一九号証の一ないし三、第二〇号証の八、一〇、第二一号証の一ないし九、第二三号証の七第二四、二六、二七号証、第二八号証の一、二、第二九、三〇号証、原審における一審原告大津シズエ本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第二号証、右乙第一八号証の三により真正に成立したと認められる乙第六号証の一、二、第七、八号証、第九号証の一、二、第一〇号証、原審証人藤井清一郎の証言、原審における一審原告大津シズエ、同大津雅弘各本人尋問の結果および弁論の全趣旨を総合すると次の事実を認めることができる。

(1)  一審原告シズエは、昭和四三年五月頃訴外浜崎仁平に対し自己および一審原告雅弘所有の不動産を担保に金六〇〇万円の融資先の斡旋を依頼していたところ、同人から訴外草野辰男を紹介され、同人から同人が大洋漁業株式会社に対して右不動産を金四・五〇〇万円ないし一、〇〇〇万円を限度として担保に差し入れ、同会社と商品取引をしこれによつて取得する利益のうちから金六〇〇万円を融資するといわれたが、この方法では金六〇〇万円を調達するには日時がかかり過ぎるところから、結局同人に対し原判決別紙物件目録(一)記載の(7)、(8)の不動産ならびに場合によつてはこれに接続する一審原告らおよび中原弘子共有の土地を担保に金六〇〇万円の融資先を斡旋することを依頼し、同人に対し右不動産の権利証、右不動産および付近の土地の図面印鑑証明書(一審原告シズエの同年五月一八日付分、乙第一六号証の四、第二三号証の七、一審原告雅弘の同年三月二九日分、乙第二三号証の九)等を交付した。そこで、右草野は、その頃知り合つた訴外安河内克己に右方法による金策を相談したところ、二、三日のうちに融資できるという返事であつたので、一審原告シズエから受け取つていた前記書類を同人に交付して金策を依頼した。

(2)  安河内は、同年五月二日自動車の整備および販売を目的とする有限会社第一車輌販売(以下単に第一車輌という。)を設立して自ら代表取締役に就任し、福岡市博多区大字堅粕に本店を置いて営業を開始し、一審被告との間に、同人および訴外佐藤憲生が連帯保証人となり、右佐藤所有の土地に元本極度額金一、〇〇〇万円の根抵当権設定契約を締結して、自動車の取引を始めた。そして、第一車輌は、同年五月一五日および二〇日に一審被告から中古自動車二四台代金合計金一、一八九万四、六九六円を月賦で購入し、頭金一九〇万円を支払つたが、同会社の内部的事情から、前記保証人佐藤および取締役原田勝彦が右会社の経営から手を引くこととなつた。たまたま、その頃安河内は、前記のとおり草野から金策の依頼を受けて、一審原告ら所有の前記不動産の権利証、図面、印鑑証明書等を預つたので、これを奇貨として、前記依頼の不動産のみならず一審原告ら所有のその他の不動産をも担保にして一審被告との間に自動車の取引を継続しようと考えた。

(3)  一方、一審被告は、同年五月末頃安河内からさらに中古自動車の追加購入の申込みを受けたので、担保物件を追加して前記取引の枠を拡大するため、あらかじめ債務者を第一車輌とする継続的自動車売買等商取引および根抵当権設定契約書(乙第一号証、第一六号証の九)の文案を作成し、同年六日一日頃一審被告の新原取締役および担当社員藤井清一郎が鹿児島市から福岡市に出張して金房旅館に宿泊した。ところが、同所において、安河内が、前記第一車輌の内部事情を説明し、取引当事者を第一車輌から安河内個人に切替えると共に、取引の枠を金三、〇〇〇万円に拡大し、前記佐藤所有不動産に対する抵当権を解除し、代りに一審原告らがその所有不動産に元本極度額金三、〇〇〇万円の根抵当権を設定し、かつ安河内の右取引債務を連帯保証する旨申入れ、前記権利証、印鑑証明書等を示したので、一審被告の新原取締役および藤井もこれを承諾し、前記契約書の債務者第一車輌を安河内個人に訂正し、連帯保証人兼根抵当権設定者として一審原告らの氏名を記入した。そして、右契約書に一審原告らの捺印を求め、かつ公正証書および根抵当権設定登記手続に必要な書類の交付を受けるため、前記藤井は一審原告らとの面接を望んだが、安河内が、「この件については一切先方から委されているから、その必要はない。」というので、藤井も安河内の言を信用し、同人に右契約書等を交付して右手続を依頼した。

(4)  同年六月三日、一審原告シズエは、安河内および草野が金六〇〇万円の融資の件で来訪するという連絡を受けたので、前記浜崎に電話して立会つてもらうこととした。

そして、同日一審原告シズエ方に安河内、草野が来訪し、浜崎も来て、一審原告シズエは、その時初めて草野から安河内を第一車輌の代表者として紹介され、同人が金策を引受けたことを知つた。その際安河内が、藤井から預つた前記契約書二通(乙第一号証および乙第一六号証の九)公正証書の作成および根抵当権設定登記手続に必要な一審原告らの委任状(乙第一六号証の八、乙第二〇号証の七、九)等の書類を持参し、「この書類に判を押せば、すぐにでも金を都合してやることができる。融資する人が旅館で待つているから急がなければいけない。金が必要であれば自分にすべてを委せなさい。」というので、かねて自己の子である一審原告雅弘所有不動産の処分一切について代理権限を有していた一審原告シズエは、安河内を信用して、同人に対し自己および一審原告雅弘所有の前記不動産を担保にして自己のため金六〇〇万円を借用する代理権を与え、一審原告らの印鑑を同人に手渡した。

安河内は、その場において急いで前記書類の一審原告ら名下その他訂正箇所まで必要なところに捺印して、一審被告と安河内との間の継続的自動車取引によつて安河内の負担する現在および将来の債務のため、一審原告らがその所有の原判決別紙物件目録(一)記載の不動産について元本極度額金三、〇〇〇万円の根抵当権を設定し、かつ極度額金三、〇〇〇万円の連帯根保証をする旨の継続的自動車売買等商取引契約及び根抵当権設定契約書や委任状等を完成したがその間も家の外に待たせていた自動車が頻りに警音を発し、あるいは外部から安河内に督促の電話がかかるなどあわただしい雰囲気であつたので、その場に居合せた一審原告シズエや草野、浜崎らも右書類の内容を全く確認することができないまま、安河内は急ぎこれを持ち帰つて、即日藤井に交付した。

(5)  藤井は、右書類を点検したところ、一審被告シズエの印影が安河内の持参した前記印鑑証明書(乙第一六号証の四)の印影と同一であつたし、そのほか安河内の挙動等に特別不審な点も見受けられなかつたので、安河内が一審原告らを代理して本件根抵当権設定および連帯保証契約を締結する権限があるものと信じ、控訴人らに照会してその意思を確めるようなことはしなかつた。

なお、藤井は、その後一審原告シズエの同年六月五日付印鑑証明書一通(乙第二〇号証の八)、一審原告雅弘の同月四日付印鑑証明書二通)(乙第一六号証の五乙第二〇号証の一〇)の送付を受けた。

(6)  そして、同年六月一四日前記根抵当権の設定登記がなされた。

以上の事実によれば、本件においては、一審原告らから原判決別紙物件目録(一)記載の(7)(8)の不動産ならびにこれに接続する一審原告らおよび中原弘子共有の土地を担保にして金六〇〇万円を借用する代理権を与えられた安河内が右権限を越えて一審原告らを代理し、一審被告と安河内との前記継続的自動車取引契約上の同人の負担する債務について一審原告ら所有の原判決別紙目録(一)記載の不動産に元本極度額三、〇〇〇万円の根抵当権を設定し、かつ極度額金三、〇〇〇万円の連帯保証をする旨の契約を締結したものと認められる。

(三) そこで、一審被告の民法第一一〇条による表見代理の主張について判断する。

前記認定のとおり、(1)本件契約当時一審被告の担当社員藤井は、安河内から同人が一審原告らを代理して本件根抵当権設定契約および連帯保証契約を締結する一切の権限を有する旨説明を受けていたこと、(2)安河内は一審原告ら所有の不動産の権利証、印鑑証明書等を所持していたこと、(3)藤井が安河内に本件契約書の一審原告らの捺印を求めたところ、同人はこれに応じて直ちに一審原告らの実印を押捺した契約書等を持参しているので、藤井が安河内に一審原告らを代理する権限があると信ずべき一応の理由があるようにも考えられる。

しかしながら(1)安河内は第一車輌の代表取締役として一審被告との間に自動車の取引を始めてから僅か二週間余りの間に、同会社の取締役および物上保証人が会社の経営から手を引くという異常な事態が発生し、本件契約当時その衝に当つた一審被告の新原取締役および担当社員藤井も安河内の説明を受けて右事情を知つていたこと、(2)しかも、取引後まだ日が浅く、一審被告としては安河内個人を信用すべき特段の事情もなく、かえつて前記のように同人の経営手腕に疑いを持たれるような状況にあつたにもかかわらず、右藤井らは安河内の申出を容れて、第一車輌との従来の契約を解除して安河内個人との契約に切替えたばかりでなく、取引の枠を金一、〇〇〇万円から一挙に金三、〇〇〇万円に拡大したこと、(3)右契約に際し、藤井らは安河内に対して担保の提供を求めたところ、同人は一審原告らを連帯保証人に立てると共にその所有不動産に元本極度額金三、〇〇〇万円の根抵当権を設定する旨申出たが、同人と一審原告らとの関係、すなわち一審原告らがいかなる事情で安河内の取引について連帯保証し、かつ担保物件を提供するかについては、納得のいく具体的説明がなされず、かつ安河内は主債務者であつて本件代理行為によつて経済的利益を受けるのは代理人である同人自身であつたのに、藤井らは、右契約締結のために福岡市まで出張して来て、安河内に一審原告らとの面接を求めながら、安河内の言をたやすく信じて、一審原告らの真意を直接確認するような手段を講じなかつたこと、(4)特に一審原告雅弘の関係においては、同人の印鑑証明書に後日送付されたもので、右契約締結当時には契約書等に押捺された印影が同人の印鑑によるものであることを確認する方法がなかつたことも、先に認定したとおりである。

以上認定の諸事情の下においては、藤井らとしては、右契約締結にあたり、巨額の連帯保証債務を負担することになる一審原告らに対して一応照会してその意思を確認する手段を講ずることが一般取引通念上相当であるにかかわらず、たおすく安河内の言を信用し、一挙手一投足の労を惜んで右調査、確認をしなかつたことは右藤井らの過失というべく、したがつて、このような場合には民法第一一〇条の表見代理の適用はないと解するのが相当である。

四したがつて、一審原告らと一審被告との間には本件根抵当権設定契約および連帯根保証契約は成立しなかつたものであるから、本件競落代金を一審被告に配当する旨の配当は不当であつて、一審原告らの異議はすべて理由がある。

そこで、これと趣旨を異にする原判決を変更し、一審被告の本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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